カリスマ的な経営者が現われて企業を一気に成長させることはよくあります。しかし、カリスマ経営者がその企業からいなくなったことを想像し、その企業の経営をずっと長く続くことを考えている経営者がどれだけいるかなと思います。

経営者・起業家・イノベーターの皆様におくる経営のヒントは、あの世界の「HONDA」をカリスマ経営者・本田宗一郎と共に創った偉大なる№2の藤沢武夫の「経営に終わりはない 藤沢武夫(著)」を読み解いていきましょう(#^^#)

 

 

 

 

 

 

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カリスマ経営者のナンバー2

言わずと知れた世界の「HONDA」(HPはこちら→https://www.honda.co.jp/

HPを見ましたら、車、バイク、船、農機具、F1・・・様々な乗り物を開発している企業です。まして、子会社のHondajetではジェット機まで作っているなんと複合的な企業なんでしょ\(◎o◎)/!ロボットも作ってましたもんねww

そしてHONDAのもともとの祖業は「バイク」から始まりました。本田宗一路がバイクを作り、藤沢武夫がバイクを売りお金を作るという役割分担から始まります。

HONDAの歴史(HPはこちら→https://www.honda.co.jp/guide/history-digest/)

藤沢武夫さんは、もともと商売を自分でやっていましたが本田宗一郎と出会ってからHONDAに入社しました。一度、自分で経営をするとなかなか人の傘下に入ることは考えないと思います。藤沢さんが、HONDA入りしたのも「本田宗一郎」に魅せられたのです(#^^#)

私は戦前から、だれかをとっつかまえて、いっしょに組んで自分の思い通りの人生をやってみたいなと思っていました。その場合には、私はお金を作って物を売る。そして、その金は相手の希望しないことには一切使わない。なぜならば、その人を面白くさせなければ仕事はできないにきまっているからです。(本書よりP15)

ナンバー1には、夢を語ってもらい、仕事を楽しくしてもらい、そして大いにイノベーションを起こすことだけ考えてもらう環境を用意する。藤沢武夫さんは、ナンバー2の役割を本田宗一郎のはるか高い位置で経営というものを見ていたかもしれません。ナンバー2はトップの意味不明な言語(夢や情熱)を現場に言語化する役割もあります。本田宗一郎というカリスマに皆が心底惚れるから人が集まるという相乗効果も必ずありますよね。そこに早く気が付いた藤沢武夫さんの人を見抜く力と本田宗一郎のカリスマ性すばらしい\(◎o◎)/!

お互いやることに掣肘(せいちゅう)しないことを決めたと本書に記載がありました。掣肘とは、わきから干渉して人の自由な行動を妨げることを言います。ナンバー1とナンバー2のお互いの尊重することをしっかり決めたこともすごいことですΣ(・ω・ノ)ノ!

本田宗一郎と藤沢武夫の二人左脚が始まるのです。それはまさにHONDAの歴史ですね(#^^#)

思いがけないナンバー2の行動

バイクの売れ行きが悪くなり、資金繰りもきびしくなり、支払手形がもうじき落ちる。これは、やばいぞ・大変だ!

藤沢武夫さんは、協力会社に生産調整をお願いします。そしてプロバーの三菱銀行に現状を説明し、他社がHONDAは大丈夫だと保証して下さいと話はまとまった。しかし、社内の人間には保証がついていない・・・Σ(・ω・ノ)ノ!

社員の気持ちがシュンとなっていることを打破するために藤沢武夫は、かねてから本田宗一郎が参加したいと思っていたモーターサイクルのオリンピックといわれる「マン島T・Tレース」に参戦しようと本田宗一郎に尋ねてみたとのこと\(◎o◎)/!

そして参戦!社員の人たちには気持ちを盛り立てたのは当然ですね(#^^#)

従業員に金をやるといっても金はないし、借りてきたとしても、それは取引先にまわさなければ顔向けできないし、という状況での苦肉の策がマン島のT・Tレース出場の夢だった。(本書よりP46)

将来の夢や目標を宣言することは容易ですが、本当に実行するところがすごいですね(#^^#)

本田宗一郎のマン島T・Tレース出場宣言があります。素晴らしいですね(#^^#)

HPはこちら→https://www.honda.co.jp/Racing/race2002/manx/index.html

そして、鈴鹿サーキットの建設へと進むのでした・・・

あとがき

本田宗一郎の輝かしい歴史には、ブレーンとなる参謀がいました。藤沢武夫の存在は本田宗一郎にとって水を得た魚になったことでしょう。

人が人と出会うことが本当に神のみぞ知るということでしょうかね(#^^#)

次回へ続く~!